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2023年525日 (木) 版

【特別インタビュー】 こだわりと〝水〟への想い 映画「渇水」6月2日(金)全国公開  マイクリップに追加

 映画「渇水」(配給=KADOKAWA)が6月2日(金)に全国公開される。本作は、水道事業者が水道法第15条3項に基づき行う給水停止執行を題材に、貧困・格差といった社会問題や家族の絆を描く衝撃と感動のヒューマンドラマに仕上がった。日本水道新聞では、日本映画界をけん引する監督の一人であり、本作の企画プロデュースを務めた白石和彌さんの単独インタビューを敢行。映画の見どころ・こだわりや〝水〟への想いを語ってもらった。

 【映画のあらすじ】

 日照り続きの夏、市の水道局に務める岩切俊作(演:生田斗真さん)は、来る日も来る日も水道料金が滞納する家庭を訪ね、水道を止めて回っていた。県内全域で給水制限が発令される中、岩切は二人きりで家に取り残された幼い姉妹と出会う。蒸発した父、帰らなくなった母親。困窮家庭にとって最後のライフラインである〝水〟を止めるのか否か。葛藤を抱えながらも岩切は規則に従い停水を執り行うが――。

映画「渇水」企画プロデュース 白石和彌さん

水道関係者はヒーロー集団

  ――まずは今作の製作に至った経緯をお聞かせください。

 河林満さんが書かれた同名小説があり、河林さんのご友人が本作の髙橋正弥監督に映画化の検討を持ち掛けたのが最初のきっかけでした。それが10年ちょっと前、東日本大震災が起こる少し前だったと聞いています。そこから髙橋監督が脚本家の及川章太郎さんと脚本化の作業を進めていきました。私は、髙橋監督とともに映画化を目指していた長谷川晴彦プロデューサーから5年ほど前に脚本を読ませていただき、すぐに「参加させてください」とお返事しました。

  ――脚本を初めて読んだ時の印象はいかがでしたか。

 実は、私が読ませていただく前から、「いい脚本がある」という評判が業界中に広まっていました。実際に読んでみると、水を物語の起点としながら〝生きるとはどういうことか〟という深いテーマが描かれていて、「やっぱりすごい脚本だ」と感じたことをよく覚えています。原作小説は悲劇的なラストを迎えますが、今回の映画では希望のあるストレートなメッセージを込めた描写に書き変えられています。監督としての私はビターエンドな話が好きなので、もし自分が撮っていたら違う形になったと思いますが、髙橋監督が撮ることでよりアカデミックというか、いい話になっていくだろうと素直に感じましたね。

 また、この作品では夏季の渇水による水道の給水制限が物語の背景にありますが、視野を広げてみると、私たち人間はどこで暮らしていようとも自分の手ではどうすることもできない自然の影響を受け、自然と対話しながら生きていかなければならない、ということが伝わってくるように思います。そうした意味では、小さな世界を見つめながらも大きな話を描ける作品になるだろうと感じました。

  ――フィルモグラフィに多くの監督作を持つ白石さんにとって、今作は初めてのプロデュース作だと伺っていますが、映画づくりへの携わり方はどのようなものでしたか。

 私も普段は監督として演出しているので、作品の内容に関する相談にも乗れるだろうと思っていました。とはいえ、髙橋監督は私よりもキャリアの長い方ですし、脚本への想いや理解の深さが一歩先に進んでいましたので、私は主にキャスティングの提案やキャストへのオファー、オーディションの審査などに携わらせていただきました。

  ――原作小説の発表から30年以上、脚本が書かれてからは10年以上が経過していますが、どのようにして現在を舞台とした物語を構築していったのでしょうか。

 河林さんの原作小説はバブル期の1990年に発表されたものですが、まるで日本には貧しい人なんていないかのような当時の風潮の中でも、「実際はそんなことない」という視点がある作品だと思います。いつの時代も社会の片隅には苦しい生活を強いられている人がいて、日本から格差がなくなったことなんかないはずです。脚本化の段階で当時と現在のギャップを埋めるという視点はあったのかもしれませんが、格差は河林さんが小説を書かれた当時よりも現代の方がむしろ表面化していて、この作品が持つメッセージ性はより大きくなっているのではないでしょうか。

 脚本が書かれてからの約10年については、劇的に社会が変化したというわけではないかもしれませんが、作品にも出てくるようなネグレクトの事件が実際に起こっていて、そうした実態をテイストとして盛り込むような工夫がなされています。

 悩んだ点を挙げるとすれば、現在は水道局職員の方が自ら停水執行を行うケースが少なくなっているということですね。水道関係者の方に取材させていただいた際、専門の民間企業に委託していると聞きました。根本的な部分が変わっていて「これはどうしようか…」と悩んだのですが、主人公が水道局職員であるという設定を変えるとストーリーがややこしくなると感じたので、そこは敢えて原作通りにしています。

 ――水道関係者への取材に触れていただきましたが、今作は前橋市の協力を得ており、ロケーションが原作(東京・多摩)とは異なっていますね。

 前橋市をはじめ、ロケーションの選定に当たっては、撮影環境として良かったという点が大きかったのですが、印象として夏の暑さが厳しいところを求めていたというのもありましたね。

  ――映画を拝見しましたが、停水執行を行う水道局職員の存在が観客からどのように見えるかについても、配慮がなされているように感じました。

 もちろん、その点については注意しなければという意識がありました。今回の作品では1シーンのみの人物も含め、水道局職員として出てくる登場人物たちはみな執行を逡巡したり、思いを馳せたりしています。仕事として、規則に則り給水を停止しなければならないのですが、止めたくて止めている人なんていないですよね。実際に停水執行に携わってらっしゃる方々も、そういった想いをお持ちでしょうから、その想いさえ間違えずに描くことができれば、水道局職員がひどく映るようなことにはならないだろうと思っていました。

  ――デジタルシネマが主流となって久しい中、白石さんがフィルムでの撮影を提案されたと伺いました。どういった狙いがあったのでしょうか。

 水には決まった形がないですよね。同じように、フィルムの乳剤も形がありません。一方、デジタルの世界は「0」と「1」の羅列で構成されるので、どうしても形があるものという印象です。水は命の源であり人を生かす根源だけれど、時には命を失わせる死と隣り合わせのものにもなります。水を題材としたこの物語はそうした曖昧さの中にあると思っていて、それを描くには、撮影の媒体から曖昧さのあるものを使った方がいいだろう、という直感が働きました。美しさと恐ろしさをまとった水という題材は、本作にとって素晴らしい食い合わせなのだなと、いま改めて思いますね。

  ――キャスト・スタッフの印象はいかがですか。

 主人公の水道局職員・岩切役を受けていただいた生田斗真さんは、エンタメど真ん中というよりは文学的と言えるこの作品にもアジャストし、普段とは違った顔を見せてくれたのがすごく印象的でした。磯村勇斗さんや門脇麦さんをはじめ他のキャストの皆さんにも本当に感謝しています。門脇さんに関して言えば、ネグレクトする母親という難しい役どころでしたが、上手く演じ切ってくれました。

 撮影や照明などのスタッフには、髙橋監督と映画学校時代から旧知の方も参加しています。いかに髙橋監督が撮りやすい環境を作るか、といった点もプロデュースの一部だと考えていましたので、良い形になったと思います。

  ――最後に水道関係者へのメッセージを。

 私自身、今回の作品づくりは水について考えるいい機会になりました。人は水がなければ生きていけないので、水の確保は命に直結する喫緊の問題なのだと改めて感じました。蛇口をひねれば水道水が出る、ということが今でこそ当たり前になっていますが、例えば90年代などは渇水のニュースをよく見かけていた印象がありますので、関係者のご努力によってそうしたことが減ってきているのかなと感じます。世界に目を向けてみると水が本当に足りない地域もある中、日本はほぼ誰も困らず飲める状況にあるということに感謝しなければならないし、それは誇らしいことなのだと感じました。

 水をテーマにした映画はありそうなようで、実際はこれまであまりなかったのではないでしょうか。この映画は、水道関係者の皆さんが取り組まれている事業がどういうものなのか、考え直す一つのきっかけになると思います。生田斗真さん演じる岩切が物語の終盤で起こす〝ある行動〟は、水道局職員の行いとして賛否が分かれるものかもしれません。それでも、僕にとって彼はヒーローですし、国民の水を守ってくださっている水道関係者の皆さんもまた、ヒーロー集団なのだろうと思っています。興味を持っていただけましたら、ぜひ劇場に足を運んでいただけますと嬉しいです。

 【白石和彌(しらいし・かずや)さんの経歴】

 1974年、北海道出身。若松孝二監督に師事し、フリーの演出部として行定勲監督や犬童一心監督らの作品に参加。『ロストパラダイス・イン・トーキョー』(2010年)で長編デビューし、『凶悪』(13年)で第37回日本アカデミー賞優秀作品賞を受賞するなど脚光を浴びる。その後も『日本で一番悪い奴ら』(16年)、『牝猫たち』(17年)、『彼女がその名を知らない鳥たち』(同)、『サニー/32』(18年)、『孤狼の血』(同)、『止められるか、俺たちを』(同)、『麻雀放浪記2020』(19年)、『凪待ち』(同)、『ひとよ』(同)、『死刑に至る病』(22年)などの監督作で国内外の映画祭、映画賞を席巻。『孤狼の血LEVEL2』(21年)では第45回日本アカデミー賞で作品賞や監督賞をはじめとする最多13部門を受賞した。現在は『仮面ライダーBLACK SUN』が全世界配信中。日本映画界をけん引する監督の一人。

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