社説 基盤強化の再始動を マイクリップに追加
1887年10月17日、イギリス人技師のヘンリー・スペンサー・パーマー氏の指導の下、コレラや赤痢など水系伝染病が蔓延していた開港都市・横浜に日本で初めて「有圧送水」「ろ過処理」「常時給水」の近代的な水道が創設された。以来、国民皆水道への134年間の地道な歩みにより、全国普及率98.1%(令和2年度末)という世界に誇れる衛生国家が築かれた。
その反面、これまで培ってきた水道インフラは老朽化によって水道管漏水が多発している。水道管路の更新率は年率0.7%にとどまり、すべてを取り替えるには近代水道の長い歴史と同等の130年もの歳月を費やさなくてはならないのが現状だ。並行して、全国各地で豪雨や地震など度重なる自然の猛威によって水道施設が機能停止に追い込まれ、経済活動や市民生活に大きな支障を及ぼすまでに至るケースも毎年繰り返されてきた。
少子高齢化の進展や生産年齢人口の減少によって、国内需要の縮小による経済減速、基礎的自治体の担い手の減少などの影響も加わって、水道事業をめぐる経営は厳しくなる一方で、老朽施設の増大に拍車がかかっている。このため、水道事業経営を取り巻く財政的な問題が徐々に現実味を帯びてくる危機感から、水道の基盤強化を目的とする水道法の一部を改正する法律が2019年10月に施行された。
公営企業の精神
改正水道法では、「基盤強化」という新たな概念を掲げ、いち早く水道サービスの持続を可能とする道筋を築いていくための法的環境を整えた。しかし、スタート時にコロナ禍が重なり水道基盤強化の出鼻を挫かれ、この間に新たな課題も投げかけられた。水道事業経営の根幹ともいえる水需要にも波及したことで大きな問題の一つとなった。
コロナ禍における全国的な配水量の変動傾向は、業務用水量が大幅に減少したものの、家庭用水量ではステイホームの影響等による微増傾向を示し、総配水量としては家庭用の増加分が業務用途の減少分を上回り、全体として増加傾向にあることが本紙調査でも分かっている。
経常収支ベースでは、料金逓増度の高い業務用水量が減少し、家庭用の配水量が増加したために、配水量が増えながら料金収入が減少する「逆ザヤ」の傾向が大都市を中心に見られた。さらに、観光産業への経営依存度が高い事業体では、水道使用量そのものが激減している。併せて従来から業務用途の比重が低いベッドタウンの特性を持つ事業体や中小規模事業体では、家庭用水量の増加により、近年の減収傾向から増収に転じたケースも多く見られるなど、各地の地域特性が経営状況に反映される結果となった。
自治体が行った経済対策の影響も大きい。厚生労働省がこの9月に行った新型コロナウイルス感染症の影響による水道料金の支払猶予および減免の実施状況に関する調査によると、減免総額は669億7335万円に達している。独立採算を基本としながら、水道事業会計で全部および一部を負担している事業体が約36%にも上っているのだ。
総務省がまとめた2020年度の地方公営企業等決算によると、水道事業料金収入の総額は2兆6037億円。前年度と比べ947億円も減少し、比率としては3.5%減となった。こうしたコロナ禍の影響が重なったことで異例の減収幅となってしまった。令和3年度水道関係政府予算(災害復旧費を除く水道施設整備費)395億円を大きく上回る金額であることからも、その影響の大きさが実感されよう。
減免は、経済対策の一環としての措置であることを踏まえれば原資は一般会計での対応に求められるものであり、地方公営企業法で一般行政から切り離された独立経営体として位置付けられている公営企業の精神、存在意義をもう一度考えるべきであろう。
強靱化から成長へ
事態発生対応よりも予防保全的対応のリスクマネジメントのほうが、長期的視点に立ったライフサイクルコストは確実に低減できるのは言うまでもない。現行サービス水準を維持しながらポストコロナに向けて、「人口減少による水需要の変化」と「不測の事態を常に意識した危機管理」の両輪を見据え、最悪を想定した経営戦略を手掛けるべきではないか。
インフラ劣化が社会問題化していた米国は今月15日、総額1兆ドル(約114兆円)規模のインフラ投資法を成立させた。長い間、更新が滞っていた道路や橋、安全な飲料水の提供などの社会基盤の整備に巨額の投資を行う。単なる量的な景気刺激策ではなく、気候変動や成長を促す分野などへの資本ストックを増やし経済成長へとつなげていく戦略を描いている。わが国においては「防災・減災・国土強靱化のための5カ年加速対策」において、来年度の事業規模は5兆円の充当を見込んで、社会経済活動の基盤となるインフラの老朽化対策を推進していく方針だ。ぜひとも不退転の覚悟で実行してほしい。
さらなるつながりを
日本水道協会全国会議の総会開催が近づいてきた。全国会議は産官学の水道関係者が一堂に会し、直面する諸課題を共有して、解決の糸口につなげていく水道界最大の会議だ。今回はコロナ禍の影響で仙台市での開催は見合わせとなったが、日本水道協会はオンライン開催を決断した。サイトでは、政府の施策紹介や水道イノベーション賞事例発表、仙台市・東北地方支部企画コーナーなど、さまざまなコンテンツを公開していくとともに、シンポジウムや研究発表会の動画をオンデマンド配信するなど、多くの関係者が参加しやすい環境を整えている。
水道インフラは持続可能な地域を支えるための必要不可欠な社会基盤であることを強調したい。通信ネットワークを通じてより多くの水道関係者の繋がりが深まって、改めて基盤強化の再始動に向けた合意形成を図る好機となるよう願って止まない。