社説 人の力が拓く新時代の扉 マイクリップに追加
■激動の1年
近い未来、令和4年はどんな年だったと振り返られるのか。そう思わざるを得ないほど、水道界にとってインパクトのある出来事が多層的に重なった。
年明け早々、不正塗料問題が激震をもたらした。管路工事のサプライチェーンが寸断され、当該塗料を使用した資機材の出荷や工事がストップ。ほんのわずかな綻びから「信頼」という水道の根本が突き崩れてしまいかねない現実がそこにはあった。
ウクライナ情勢を受けた世界的な原料・資源不足も水道事業経営に暗い影を落とした。資材価格に続き、動力費も高騰。水道水質検査で使用するヘリウムガスも調達困難となり、事業体は分析方法の変更や代替ガスへの切替えを余儀なくされた。また、今年も震度6の烈震が宮城・福島の両県で発生し、秋田県や新潟県などでは線状降水帯による大雨がライフラインを寸断した。中でも最も大きな衝撃を与えたのは静岡市清水区の断水だろう。大都市が長期かつ大規模な断水に陥るという事態は、その後の復旧の困難さも相まって自然災害の恐ろしさをまざまざと見せつけた。
近代水道の歴史に鑑みて何より大きかったのは、9月に方針が決まった水道行政の国土交通省・環境省への移管だろう。コロナ禍の収束が見えない中、感染症対策の強化がそのトリガーとなったことは間違いないが、これまで水道行政を担ってきた厚生労働省の組織見直しは、水道事業の経営基盤強化、老朽化や耐震化への対応、災害発生時における早急な復旧支援、渇水への対応等に対し、パフォーマンスの向上を図りつつ水道の安全・安心をより高める見地に立ったものだと考えられる。基盤整備の時代から、それをより強靱化する時代に立ち入っていることの証左とも言えよう。
■人と人が出会う価値
明るい話題もあった。3年ぶりに対面形式で行われた日本水道協会の全国会議では、全国の水道関係者が開催地の名古屋に集結。併催された水道展には総会・研究発表会への参加が叶わなかった事業体職員も数多く来場したことからも、人々が情報交換の場を渇望していたことが分かる。
日本水道協会の起源を辿ると、1904年に開催された「上水試験方法統一のための協議会」に行き着く。つまり、関係者が一堂に会して情報交換を行い、英知を出し合って課題の解決策を見出すというスタイルは、一世紀以上にわたり水道界が培ってきた伝統であると言える。昨年は延期が続いていたIWA世界会議(コペンハーゲン)やアジア・太平洋水サミット(熊本市)も開催され、水問題を巡る国際議論の場における日本のプレゼンスを高めるものになった。知見と見識、知識と情報の交流の場が再始動した意義もさることながら、人と人が集うことの根源的な価値が示されたと言えるのではないだろうか。
■課題解決の処方箋を
一方で老朽施設、特に老朽管の更新は依然として大きな課題だ。法定耐用年数40年を超える水道管は全管路延長(約74万km)に対して20.6%を占め、全国の漏水事故は年間2万件以上にも上る。全国の管路更新率の平均は2020年度時点で0.65%だ。急速な水道普及の途上にあった1970年代以降に整備した管路の老朽化が進んでおり、更新延長を今以上に伸ばすことができなければ、老朽管の割合は増え続けるばかりだ。
処方箋やいかに。まずは「ヒト」「モノ」「カネ」の経営3要素に照らして考えていきたいが、すべての問題は「ヒト」に帰結するのではないだろうか。
AIの開発が進み、DXの推進が強く叫ばれるなど、われわれを取り巻く環境は劇的に変化を重ねている。それらの動向を注視し、前例主義に陥ることなく新たな技術を取り入れようとする積極性は必要だが、デジタルをはじめとする先進技術は、そこに人の知見やノウハウが宿って初めて役に立つということを忘れてはならない。デジタル化は目的ではなく手段であり、働き方の変化を見据えて取り組むことが重要である。技術革新は、長寿命化や耐震化といった単一的な視点にとどまらず、持続可能な地域社会へつなぐ複眼の視点が理想となる。その際、市場に魅力がなければ、産業は縮小の一途を辿る。新技術を導入しやすい制度設計をはじめ、産業創造を導く環境をできるだけ早期に築くべきだ。さらに今日まで国民皆水道の実現を目指して大規模事業体が先導してきた設計思想から、その都市規模に合わせた設計思想へのモデルチェンジも一考する必要がある。
人口減少やライフスタイルの多様化が進む中、有望な人材を安定的に獲得するためには業界に卓越した魅力がなければならない。今取り組んでいること、何よりも水道に携わることの魅力を業界内外に向けて強く伝えていくべきだ。
■変革の海への羅針盤は
この3年弱のコロナ禍にあっても揺らぐことなく、蛇口を捻ればいつでも安全でおいしい水が飲めたのも、手洗い・うがいができたのも、清浄にして豊富低廉な水の安定供給を使命とする「人」の存在があったからにほかならない。あらためてすべての水道関係者、そしてその営みを支えるエッセンシャルワーカーの方々に敬意を表したい。
2023年の干支は「癸卯」(みずのと・う)。静かで温かい恵みの雨が降り注ぎ、草木を生き生きと蘇らせる年とされている。一方で、ウサギのように何かが跳ね上がる暗示もあり、安定的な成長の中に意外性が潜んでいるとも言われる。跳ね上がりという名の激動は、行政移管に伴うさまざまな出来事かもしれないし、起こってほしくはない新たな災害かもしれない。ただ、重要なことは水道関係者がこれまで地道に築き上げてきた道をあらためて示し、それを内外に向けて発信することに尽きる。
水道関係者一人ひとりがコンパスの針を「安全・強靱・持続」に向け、これまでのように人と人の関係性を大切にして実直に取り組む。その先に、「令和4年があったから今がある」と振り返ることのできる明るい未来があると信じたい。