社説 変わることおそれず マイクリップに追加
長崎では64年ぶりとなる日本水道協会の全国会議が間もなく幕を開ける。
前回の長崎開催は昭和37年。時代は高度経済成長の真っただ中にあった。2年後に東京オリンピックを控え、社会は成長への期待に沸いていた。爆発的な人口増加と都市部への急速な流入により、水需要は急増した。
長崎においても、原爆で壊滅的な被害を受けながらも、力強く戦後の復興の歩みを続け、水道の拡張に取り組んできた。
折しも全国会議(当時は総会)が行われた昭和37年、長崎は急増する水需要に対応するため大村市と分水協定を締結し、市域外からの給水を実現した。当時としては画期的な海底を6kmにわたって横断する導水管の布設を進め、水を求める市民の声に応えた。
全国に目を向けると当時の水道普及率は6割程度にとどまり、下水道に至っては本格的な整備が緒に就いたばかり。インフラがまだまだ足りず国民の生活基盤の脆弱さを否定できないでいた。
この状況に対し厚生省では昭和42年度末までに全国の水道普及率を75%超に引き上げることを掲げた水道整備緊急5か年計画を策定。国も水道整備を強力に促進した。
人も施設も経済も右肩上がりに伸びた。「成長」とそれによる「豊かさ」の享受が続くことを、多くの人が疑わなかった。
翻って今、普及促進にまい進した時代は終わり、残された膨大なストックに相対する。人口は減少の一途をたどる。水道は今、苦しんでいる。
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ピーク時には7万6000人を数えた水道事業の関係職員は、今やその6割にまで落ち込む。水道事業体だけの問題ではない。現場を担う民間の担い手不足も深刻だ。
国の水道関係予算も、長らく1000億円を割り込む水準にとどまる。一方、自らの収入の柱となる水道料金も、長く続いたデフレ期の低い水準を引きずり、これが水道事業体の経営を苦しめている。
それでもストックの老朽化は待ってくれない。埼玉県八潮市内で発生した大規模な道路陥没以降、老朽インフラに注がれる社会の視線は厳しさを増した。
水道管の漏水事故も各地で相次ぐ。一昨年の能登半島地震、そして今年の熊本地震と、大規模な地震災害のたび、長期、広範囲での断水も繰り返される。更新・耐震化を求める声はこれまでになく高まっている。
しかし、足元の管路更新率は年間0.6%にとどまる。更新・耐震化を担うヒトも、それに投資するためのカネも足りない。
かつて1億3000万人をうかがうところまで伸びた日本の総人口も、減少に歯止めがかからない。30年後には1億人を割り込む水準にまで落ち込むと予測され、地方部ではその影響がより顕著に表れる。
急速に進む人口減少に、物価高騰が追い打ちをかける。
コロナ禍以降、人件費・資材価格は急速に上昇した。国土交通省が公表する設計労務単価は14年連続で上昇を続け、日本水道工業団体連合会が取りまとめた資材需要調査では、総事業費が横ばい傾向にあるにもかかわらず、管路の布設延長は右肩下がりのグラフを描く。同じカネを投じても、できる仕事が減っているのだ。
人口増加を前提につくられた水道を、減ることを前提とした水道へ変える時が来ている。
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独立採算を原則とする水道は、基礎自治体が担う一般行政とは一線を画す事業として発展してきた。人口と水需要が増え続ける時代には、料金収入を基礎に長期的な視野で事業を運営してきた。その独立性が、水道を発展させる原動力にもなった。
しかし、急速に進む人口減少という事業環境の前提が崩れた中、既存の枠組みでどれだけの水道事業体が持続可能な経営を描けるだろうか。自らの人員と料金収入を基礎に、自らの施設を整備し維持するという、これまでの水道を支えてきた前提そのものを問い直す時に来ている。
増えることを前提とした従来型の事業運営から脱却・転換していかねばならない。
変化はすでに始まっている。基盤強化を旗印に掲げた改正水道法では、広域連携を法律に明記し、水道事業体にその検討を促した。集約型の水道システムを補う形で、分散型を模索する動きも出ている。確実に転換へと動き始めている。しかしながら、世の中の変化の速さに追いついているとは言い難い。
広域化も、官民連携も、施設の集約・分散も、あくまで選択肢に過ぎない。変えてはならないのは使命だ。命の水を届け続ける――この不変の使命を実現するための手段は、時代に合わせて変えていけばいい。
「強靱で持続可能」へ。問われるのは、その理念をどう実現するかだ。それぞれの地域が手段にこだわらず、最適な形を探るべきだ。
従来の仕組みや慣習を維持するのではなく、事業への前提が変わってきているのだから、施設、組織、制度そのものを変えていく必要がある。手段にこだわらず、それぞれの地域にとっての最適な形を探るべきだ。
変革を現場の努力だけに委ねてもいけない。実際、現状維持すら厳しい経営状況の小規模水道事業は多い。
国は制度と予算を、政治は後押しを、企業は知恵と技術を。それぞれが役割を果たし、並び立つパートナーとして力を持ち寄る必要がある。
全国会議の開催地となる長崎は、江戸時代に外国との交流が認められた「四つの口」の一つだ。交易都市として栄える中、その視線は常に外へと向けられていた。水道もまた、市域という枠を越えて水を求めた。時代に応じて手段は変わっても、守るべきものは変わらない。
64年ぶりに全国の水道人が集う今、水道が苦しい時代だからこそ、長崎の地で変化を恐れない議論を願うばかりである。人口減少の危機に負けず、省力化、デジタル化、収益の多様化、人員融通など、新たな活力を生み出すうねりのきっかけとしたい。