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2023年1012日 (木) 版

社説 「文明の転換」 胸に刻み マイクリップに追加

2023/10/12 社説

 水研究の国際的権威であり、日本水道協会の名誉会員でもある北海道大学第15代総長・丹保憲仁氏が8月6日、90年の生涯を閉じた。

 丹保氏は世界をフィールドに数多くの水道研究の功績を残し、日本の水道が世界の水研究をリードする時代の先頭に立ち続けた。

 世界のあらゆる分野の有識者がその先見性を認め、膨大な知識量から論理的に発せられる言葉、新たな視点から提示される未来の姿に、世界中の水の実務者、研究者が自らの仕事、研究に臨む気持ちを鼓舞された。母国語として、加えて水道の視点で同氏の言葉が記録されていることは、日本の水道関係者にとって貴重な財産である。

 丹保氏は、日本の水道事業のあり方についても数多くの教唆を遺している。急激な人口減少社会の到来、昭和期の高度経済成長期に整備されたインフラの老朽化、経済活動のグローバル化の進展とエネルギー不安、ついには国の水道行政移管という必然性を伴った岐路に立つ日本の水道関係者が、改めて同氏の言葉に触れ、氏が終生説き続けた「文明の転換」を胸に刻むことが、令和初期の水道を担うわれわれの宿命であり、責務である。

 昭和55年5月8日付の日本水道新聞は、福島市で開かれる日本水道協会の第31回全国水道研究発表会の特集号を組んだ。本紙にて「これからの水道技術と水道人」という表題で丹保氏の寄稿が掲載された。

 その中では、産業革命以来の近代システムについて「環境に余裕があるならばこの文明はその有用性を発揮しつづけるだろう。そうでないとするならばこの文明がそのまま続きその規模を指数関数的に増大することは発達というよりは即自滅への行進となる」と評し、「近代水道の終焉」と「新たな水道への展開」を説いている。

 現代社会が直面している問題であり、蓋し名言である。指導を受けた多くの水道関係者はよく知るところではあるが、氏はこの論に全くぶれることはなく水道と向き合い「文明の転換」の必要性を唱え続けた。

 加えて、往時の国、自治体、メーカー、コンサルタントの役割、そして水道経営のあり方にも厳しい目が向けられている。掲載から43年が経った今もその課題認識はわれわれの胸に十分過ぎるほど刺さるが、およそ半世紀前に指摘された丹保氏の彗眼から抜け出せず、近代の延長に浸かり続ける日本水道の現状にいかに立ち向かっていくのかが問われている。

 「世界に誇る日本の水道を次世代に残していく」という崇高な使命に多くの水道関係者は共感を覚える。これは、戦後の年率10%もの経済成長率に対応し、日本の発展を支えた水道整備の歴史と先人の努力に対する敬意でもあり、築かれたインフラ基盤への尊敬でもある。この歴史の延長線上にわれわれが立つ事実を認め、先人に対する畏敬を持ちながらも、必然的な転換点を迎える今、現状の延長へと向かう文脈でこの共感を広げていくことは、「自滅への行進」になりかねない。

 従来の延長線上にある水道の未来は、それを構成する経営資源である資金、施設、人材ともにその限界が見えている。今や科学の進歩は、あらゆる事象において確実に訪れる未来を高い精度で予測することを可能にしている。「文明の転換」というダイナミズムに依らずとも変えられる未来が眼前にある。こうした水道実務者に突きつけられた課題に、産官学が手を携えて臨むことが困難であってはならない。

 そのための手法は、広域連携、官民連携、アセットマネジメント、DXなどといった現状の水道界の「基盤強化」に向けたキーワードとして共有されている。ただ一つ、脱炭素というキーワードへのアプローチは、その先にある未来のビジョンのスケールが異なる。

 丹保氏は晩年、近代の恩恵のもとで成長しながら、世界に先駆けて人口減少局面を迎える日本を「進歩と成長のオーバーシュートの最先端」と語っている。

 「文明の転換」は、国の枠組みが変わって実現するものでもなければ、一人の強い思いだけで成し遂げられるものでもないが、国土という視点で水道、そして「水」が論じられる国家行政の到来は、従来の延長線上では困難なカーボンニュートラルという目標へと向かう契機となるには十分である。

 水道界が目指す「基盤強化」を包含しながら、国、地方、企業、さらに学識者が肯定的かつ能動的な連携を図りながら「文明の転換」へと向かっていけば、日本の水道は真に世界に誇る姿で次代につないでいくことができよう。

 日本の水道、そして日本の水は間違いなく重要な岐路に立っている。


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