社説 未来を変える出発点 マイクリップに追加
■二つの道が一本に
〝上下〟の道が一つになる。水道行政は、150年余の厚生行政としての歴史から壮途につき、国土交通省、環境省への移管を迎えた。
水道行政は、国交省の主導のもと、下水道行政とともに「上下水道」としての新たな道を歩んでいくことになった。国家における上下水道の諸元たる水道法、下水道法の第一条には、「公衆衛生の向上」を目的とすることが掲げられている。
水道と下水道はともに、公衆衛生を使命とする厚生行政のもとで歩みをスタートさせたが、1957年の水道行政三分割、そして1967年の下水道行政一元化をもって、下水道行政は一足先に厚生行政と袂を分かつこととなった。
2024年4月、再び水道と下水道がその軌を一にし、水道水質行政を担う環境省とともに公衆衛生の使命を果たしつつ、新たな道を切り拓いていくことになる。
■「空白」を埋める
令和4年9月2日、政府における上下水道一体所掌の方針が示され、今日に至るまでの19カ月間、水道関係者はその準備動向に悲喜交々を感じながら行く末を見守ってきた。
政治、行政は、水道攻勢への転機とすべく、さまざまな手を打った。「公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法」を改正し、災害復旧に対する国庫補助が法的に担保され、補助率の引き上げが図られた。他の重要インフラと同様に社会資本としての水準に足並みを揃えたことは、より良い水道の事業環境を志向していく機運を象徴するものと注視された。
予算、執行体制が明らかになっていく中で、政府が水道行政を牽引して、少しずつ高みへと歩んでいく姿を多くの水道関係者が感じ取ったことは間違いない。政府関係者が準備を進める中で、これまでの水道行政の「空白」を埋めていく覚悟も強く感じた。
中央省庁再編のあった2001年、厚生労働省のスタートとともに、水道行政はこれまでの水道環境部から水道課へと組織を変えた。〝部〟から〝課〟への変化は、その後の23年間、言語化し尽くせないほどの苦しみを当事者にも生じさせた。
国民の最重要インフラであるという共有価値を持ち合わせる反面、水道行政は〝課〟のもとで、埋められない「空白」を頭の片隅に感じたに違いない。その時代と時間を担った行政官は、文字通り懸命に職務を果たし、わが国の水道のバトンを確実に未来へと苦難の中で着実につないできた。
いまや〝局〟と同等の組織として歩みだす新たな上下水道の執行体制へと向かう19カ月間は「空白」の確認作業でもあったと言える。
■能登地震の教訓
行政移管3カ月前に発生した能登半島地震は、「空白」を埋めていくための検証と実務を加速させる予期せぬ出来事になり、国民に望まれる水道、下水道、さらには社会資本整備のあり方への問いを政府に突きつけた。
地震動により寸断された水道インフラと水道システムを成り立たせるサプライチェーンや、国から水道事業者に至る執行体制の脆弱性、人口急減という地域社会のもとでの水道維持の難しさ、官民ともに減りゆく担い手のもとでの支援体制のあり方、多様な行政部局との連携の必要性など、能登半島地震で顕在化した課題は、上下水道一体の新たな体制が未来へと向かう試金石として、十分な教訓を残している。
能登半島地震では、国交省の本省職員も水道復旧に当たった。上下水道の〝背番号〟を背負うことになる職員だけでなく河川行政の職員も水道復旧の当事者となった。また、八つの地方整備局、加えて北海道開発局からも水道整備・管理行政移管準備室の職員を中心に〝水道TEC〟と称した技術職員が派遣され、日本水道協会を中心とした水道界の復旧体制をサポートした。
携わった職員が口を揃えるのは、水道が滞ることの社会的影響の大きさである。水道の社会的価値、その価値を維持してくために埋めなくてはならない「空白」がある。実務を担う責任の大きさを初心として感じて、行政移管のスタートラインに立つことになった。
■地整所掌の意義
水道実務の本丸とも言える水道事業体にとって、行政移管は単なる所管省庁の看板替えではない。必要となる実務の影響が最大の注目点となる。
何よりも地方整備局等の地方支分部局において河川部門が上下水道を一体所掌する体制が構築されたことは、水道実務にもたらされた最大の変化と言っても良いだろう。「国|地方整備局|都道府県|水道事業者」という新たな実務のフローのもとでさまざまな変化が促進されていくに違いない。
地方支分部局の河川部門は、国の直轄事業の中で全国の各水系に河川事務所を有し、それぞれの現場が全国の地方公共団体との強固なネットワークを有している。
独立採算を基本としてきた水道事業者は、経営意識や責任感を強く有する一方、外部のステークホルダーと手を携えることの意識が希薄だったとも言えよう。
多様な変化は、水道界を新たな領域へと導いていく。
とくに産業界は、こうした変化に敏感であり、公共事業、公益事業のもとで育まれてきた文化だからこそ、実働のもとで官の変容に即時に適応していくであろう。
同じく水に関係する学会は、定点からの普遍的な眼差しを持って、変わりゆく人と研究ニーズを虎視眈々と見つめながら、時に厳しく、進化を裏付け、牽引する役割を果たしてくれるであろう。
その先には、上下水道へのオーナーシップという国民意識の変化が待っている。
■力を増す水道
水道は、行政移管の先に、確実に自力を増していくであろう。公共という力を手にしながら、社会との結びつきを進化させ、より開かれた水道界へと進化していかなければならない。
昼夜を問わず安全な水を口にする人々のため、経済活動を支える地域のため、安全な社会を実現するため、平和国家の持続のため、さらに究極は世界の安心のため。
一つになった水の道はやがて大河となり、その支川を数多に広げて影響力を及ぼしていく。そしてその流れは水というメディアを介して、社会とのつながりを一層広げ、深めていく。水道は身体、そして心へも浸透していく力を有しているともいえる。
今日は、水道から日本の未来を変えていく新たな出発点である。